意思表明

ジェンダー史学会は、人類の歴史にかかわる諸学問領域をジェンダーの視点から深く研究するための学際的研究団体です。私たちは、歴史的にジェンダーがいかに構築されたのか、その特質やメカニズムの解明に取り組んできました。さらに、国際性・学際性・地域性をふまえつつ多様なジェンダー史の課題にアプローチしています。私たちは、ジェンダーの視点から包括的研究を行うことで、これまでの歴史像の見直しをはかり、21世紀の新たな知の構築にかかわろうとしています。

しかしながら、最近一部のメディアや政党等において偏狭な道徳論に固執し、「男女共同参画社会基本法」と男女共同参画社会の実現に異議をとなえるのみならず、ジェンダー概念やジェンダー学にも攻撃を加えるというまことに憂慮すべき状況が生じてきました。

ジェンダー概念は、1960年代後半からの欧米での女性解放運動の高まりとそこでの思想的営為のなかで、人文・社会科学の新たな分析概念として登場し、近代国家のなかで近代的市民であることから排除され、他者として第2の性として位置づけられてきた女性たちが、みずからの主体性とアイデンティティを確立していく大きな流れのなかでの学問的達成・具現化といってよいでしょう。現在では、ジェンダー概念は、過去を考え未来社会を構想する上で欠かせない重要な概念・視角であることが広く理解され、欧米社会のみならず世界諸国・諸地域において、また男女の研究者・市民の間で共有される普遍的な認識となっています。

このことを、日本近代の歴史に即して簡潔にみると、戦前の大日本帝国憲法下の日本女性が、現在では露ほども疑いようのない政治的権利である選挙権もなかった時代から、敗戦後の民主化政策においてようやく選挙権等の法的平等を獲得した時期、にもかかわらず高度成長期に入った1960年代以降女性差別が厳然として存在していることの認識にめざめ運動が起こった時期、そして国連の1975年の「国際婦人年」や1979年の「女子差別撤廃条約」採択をはじめとする国際的な動きと連携して新たな行動に立ち上がった時期以降に区分をすることができます。こうした積み重ねが、日本でも1985年差別撤廃条約批准を経て、男女ともに尊重し合い平和で活力ある社会の実現をめざす男女共同参画社会基本法の1999年制定へとつながっていくのです。ジェンダー概念やジェンダー学は、この男女共同参画社会基本法の制定とそれにもとづく男女共同参画社会の実現に向けて重要な貢献をしてきました。

男女共同参画社会の実現のためには、男女の役割分担についても見直す必要があると指摘されていますが、他の国々に比べて男性の家事労働時間が極端に短いこと、男女の賃金格差が甚だしいことなど、日本社会の根強い性別役割意識にその一因があるとみられます。ジェンダー史学会は、歴史という縦軸でのジェンダーの可変性に着目し、一見固定的かつ本質的にみえる性別役割も、特定の時空において構築される可変的・非本質的なものであることを実証してきました。また、歴史的視座によるジェンダー・アプローチは、「日本の伝統」という美名のもとに、現代の政治・経済・文化などにひそむジェンダー・バイアスが覆い隠されがちであることも明らかにしてきました。ジェンダー史学会も含め、諸分野からのジェンダー研究は、21世紀社会における男女共同参画の実現に向けて、それを学問的に支えているといっても過言ではありません。

ジェンダー史学会は、男女共同参画社会の実現に異議をとなえ、ジェンダー概念やジェンダー学を攻撃する一部の動きに屈することなく、国内外のジェンダー研究にかかわる諸学会・諸機関ならびに多くの皆さまと連携することで、今後とも学術の発展と人類社会の未来に寄与していきたいと考えます。

2005年8月15日 ジェンダー史学会理事会(初代代表理事・長野ひろ子)